2000 11/4(土)  私はゲロを吐くことができない。
 どんなに酔っぱらっても、乗り物に酔っても、めちゃくちゃ気持ち悪い時でも、
 トイレに駆け込んでいくらノドに指をつっこんでも怖くて出せない。
 きっとこれは当時のある出来事のバチが当たったのである。

 ある冬の日、クラスの女の子YちゃんとMちゃんに、今日Yちゃんちで遊ぶからおいでよと誘われた。
 Yちゃんはクラスでまるでお姫様みたいな子で、きれいでかわいくてすらっとして勉強も体育もできて、いつも取り巻きがいて、お洋服のセンスも素敵で、長い髪をきれいにリボンで結んだ素敵な子だった。
 メガネでチビでブスで目立たなくて勉強のできない私は密かにとっても憧れていたので、誘ってもらったこともとても嬉しくて、喜んでお邪魔した。

 それまで知らなかったが、Yちゃんちはお金持ちだった。
 立派な門のむこうに白い砂利の庭が広がり、そのずうっとむこうに白くて立派な家が建っていた。
 大きな玄関に入り、2階のYちゃんの部屋で、しばらくお人形で遊んだりしていたが・・・

 そのうち、何故か気持ちが悪くて仕方が無くなってきた。

 多分、風邪気味だったと思う。
 そしてそのうち、これはマズイ、吐きそう、という位になってきた。
 でもきれいでかわいくてすらっとして勉強も体育もできて、いつも取り巻きがいて、お洋服のセンスも素敵で、長い髪をきれいにリボンで結んだ素敵なYちゃんに、
 「気持ち悪くて、吐きそう」なんてとても言えなかった。
 そこで私は、「そうだ、トイレでバレないように吐けばいいんだ」と思い立った。
 トイレの場所を聞き、急いで行ってみると、
 トイレの近くのリビングで、Yちゃんのおにいちゃんと友達が遊んでいた。

 私は躊躇した。

   ここで今吐いたら、音が聞こえて、あいつゲロ吐いたぞって言われるんじゃないだろうか。

 いくらメガネでチビでブスで目立たなくて勉強のできない私でも、年頃のお兄ちゃん達に、ゲロと言われるのは耐えきれなかった。
 そこであきらめてまた部屋に戻った。
 そのうちお兄ちゃん達がどっかに行ってくれるかもしれない・・・
 耐えに耐え抜いて、またしばらくして、もう一度トイレへ行ってみた。
 が、願いも虚しく、お兄ちゃん達はまだ同じ所にいた。

 とうとう耐えきれなくなり、「私そろそろ帰るね」と言って、
 大きな玄関を開けて、YちゃんとMちゃんとお母さんに見送られながら大きな庭を歩いていった。
 もうすこしで門、というところで

 「げー」

 そそうしてしまった。
 綺麗な白い砂利と庭石の上に胃の中の物体が散乱した。
 ・・・風邪なんじゃないかということでYちゃんが上に1枚羽織る物を持ってくる間に、お母さんが水をまいてゲロを処理していた。
 我が子のクラスメイトとはいえ、他人のゲロを処理するのはどんな気持ちだっただろう。しかも自慢の庭を汚されて・・・。
 メガネでチビでブスで目立たなくて勉強のできない私が、きれいでかわいくてすらっとして勉強も体育もできて、いつも取り巻きがいて、お洋服のセンスも素敵で、長い髪をきれいにリボンで結んだ素敵なYちゃんの家に遊びに行くなんて、
 もともと身分相応でなかったということか。

 これ以来、私はゲロを吐くことができなくなった。